コラム

私が大学を卒業し、某製薬会社に入社したのは昭和62年(1987年)4月1日、従来の国鉄が民営化されJRとして再出発したまさにその日でした。その後約一か月の研修期間を経て、OTC事業部の札幌出張所に仮配属されました。
実は当時新規事業としてCMを使ったOTC部門を発足させており、北海道エリア開拓の応援として派遣されたのです。そのため正式な配属というわけではなく、同期入社約10名がホテル住まいをしていたことが懐かしく思い出されます。

ところが約3か月たった時に、その新規事業部門の縮小のため数名がこの部門を離れることになり、私もその中の一人として医療用医薬品部門の東京営業所に異動することになったのです。
担当地区は東京都の千代田区と文京区、特に官庁や大手企業の本社がひしめく、まさに東京のど真ん中です。
私も東京は初めてですから、担当地区を聞かされた時には、「そんな大都会の担当になって大丈夫だろうか?」「やっていけるだろうか?」と不安で仕方ありませんでした。
4件ほど基幹病院がありましたが、そのほかは開業医担当、文京区は一般の開業医がほとんどですが、千代田区では、そのほとんどが官庁や企業の医務室で、先生方はいろいろな大学からパートで来られていました。

そんな千代田区での思い出話をいくつか・・

数多い官庁の医務室の中でもビックリしたのは桜田門にある「K庁」。
訪問の際には、必ず薬局長さんが受付まで迎えに来て下さり、帰りも受付まで送って下さいました。
親切だな~でも、あれ?なんか行きと帰りの道順が違うような・・?あとで前任の先輩に聞いたところによると、「あれは部外者に内部の情報を漏らさないためだ。スパイがいるかもしれないからな。」だとか。
本当かどうか知りませんが、それを聞いた時はさすが「K庁」だな~と思ったりしました。

有名ホテルの医務室もよく行きました。
去年新館が取り壊しになった「APホテル」、ここには旧館に医務室があって週一回大学から先生が来られていまして、その日に合わせて毎週のように通っておりました。
なぜなら先生をはじめ、看護師さん、事務の方もとても優しく、訪問すると必ずお茶菓子を出して下さり、右も左もわからない新人の私にとってはオアシスのように感じられたからです。
今も旧館は残っているようですが、新館取り壊しのニュースに接した時は何とも言いようのないセンチメンタルな気持ちになったものです。

配属当初は横浜の実家から車で都内まで通勤していましたが、高速道路の渋滞に堪えられず都内の一人暮らしを始めました。それが私のその後長期にわたる一人暮らしの始まりでした。

営業所の所長さんは当時40代半ばくらいだったでしょうか。新入社員の私にとってはとてもとても偉い人に見えました。
今となっては私も当時の所長さんの年齢を追い抜いてしまいました・・・・。
あれから何十年も経ちますが、進歩していないな~と思ったりする今日この頃です。

でも初心忘るべからず!当時のフレッシュな気持ちを思い起こし、また今日も転職希望者のサポートに尽力していきます!

作成 藤川

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